ドイツ・ブンデスリーガのヴォルフスブルクに所属し、日本代表にも初選出された塩貝健人選手。
爆発的なスピードと強靭なフィジカルを武器に世界中から注目を集めている一方で、その強さの裏には、幼少期から献身的にサポートし続けてきた家族の存在があります。
この記事では、塩貝健人選手の家族構成や父親の職業、母親のこと、そして兄についてご紹介します。
塩貝健人の家族構成まとめ
塩貝健人選手は、父・母・兄・本人の4人家族です。
3歳年上の兄・塩貝亮太さんの影響でサッカーを始め、お互いに我が強く「他人の意見を受け入れないタイプ」だったという兄弟は、切磋琢磨しながらともにサッカーの道を歩んできました。
塩貝健人の父親の職業は?どんな人物?
塩貝選手の父親について、名前や年齢などの詳細情報は公表されていませんが、外資系投資銀行に約15年間勤務していたことが知られています。
これは兄・亮太さんが慶應義塾ソッカー部の引退ブログの中で、父親のことを「自身をビジネスエリートと称し、外資系投資銀行で15年間働いていたことを後ろ盾にマウントを取ってくる」とユーモアたっぷりに紹介したことから明らかになりました。
サッカー未経験でありながら、子どもたちのためにサッカーを独学で勉強し、練習やトレーニングにも付き合ってきた父親。
多忙な仕事の合間を縫って毎試合観戦に訪れ、ビデオを撮影して反省会を行うなど、「環境づくり」を徹底してきました。
技術的な指導よりメンタル面のサポートを重視し、「挑戦することが大切」「継続できる環境を用意する」「結果より過程を尊重する」という方針で、塩貝選手を陰から支えてきました。
また、元ボディビルダーとしてフィジカルの重要性を深く理解していた父親は、高校時代の塩貝選手のスプリント強化にも協力。
その結果、50m走のタイムを7秒台から高校3年時には6秒フラットにまで縮めることができました。
塩貝健人の母親はどんな人?教育方針やサポートについて
塩貝選手の母親についても、名前や年齢などの詳細情報は公表されていません。
兄・亮太さんはブログの中で母親についてこう書いています。
「テニスの大会に出てたまに優勝して帰ってくるけど、みんなの前では言わず家のどこかに優勝という文字が見えるように景品や賞状を置いてさりげなくアピールしてくる」というユーモアたっぷりのエピソードです。
そして「私の強靭なフィジカルとスピードは母のおかげだと思っています」とも語っており、塩貝兄弟の身体能力の高さは母親譲りの部分が大きいと言えそうです。
日々の食事・洗濯・送迎など生活面での献身的なサポートで、塩貝選手がサッカーに全力で打ち込める環境を作り続けてきた存在でもあります。
塩貝健人の兄弟はいる?実家の場所についても調査
塩貝健人選手には3歳年上の兄、塩貝亮太さんがいます。
亮太さんは中学時代、東京ヴェルディジュニアユースに所属し、山本理仁選手や藤田譲瑠チマ選手らとともにプレーしました。
その後、暁星高校を経て慶應義塾大学ソッカー部(サッカー部)へ進学しています。
2023年、健人選手が慶應に入学したことで、大学4年生の亮太さんと1年生の健人選手が初めて同じチームでプレーする「兄弟共闘」の1年間が実現しました。
お互い我が強く、「話せばプレーの文句の言い合いになっていた」という2人ですが、亮太さんはその1年をこう振り返っています。
「弟だから負けたくないのはあった。結果的に得点数はダブルスコアつけられたけど、一緒にできてよかった」。
部のブログでは弟へこんなメッセージも残しています。
「チームメイトであり、得点王を競うライバルであり、兄貴です。最後までサッカー選手として君の壁であり続け、少ないかもしれないが伝えられることは伝えていきます。兄貴の意地を、しっかり見ておけよ」。
卒業後は一般企業へ就職しながらサッカーを続け、2024年シーズンには関東サッカーリーグの東京ユナイテッドFCに加入しました。
弟に向けたエールも印象的です。
「期待しちゃうと重荷になっちゃうかもしれないけど、好きなことをやってほしい。一番楽しいと思うことに熱中してもらえればいいかなと思います」。
まとめ
塩貝健人選手の現在の活躍は、家族全員のサポートによって支えられてきたものです。
「継続できる環境を用意する」という方針で陰のコーチとして関わり続けた父親、生活の土台を支え続けた母親、そして目標でありライバルでもあった兄・亮太さん。
スポーツと愛情に満ちた家庭で育ったからこそ、ブンデスリーガでも通用するストライカーが誕生したのかもしれません。



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